これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2018年5月6日「目を覚ましていなさい」(マルコによる福音書13章32~37節)

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 13章全体で一塊(小黙示録と呼ばれる)で、幾つかに分けて読んできましたが、それも今日で終わりです。主イエスは最後に何を仰るのでしょうか。33、35、37節で、主イエスは、「目を覚ましていなさい」と仰います。この短い中で、三回も繰り返します。今まで気をつけていなさいということを繰り返しましたが、主イエスは最後に、「気をつけて、目を覚ましていなさい」と仰います。32・33節。天使たちはまだしも、主イエスは子なる神なのだから、「知らない」は違うのではないかと言われることがあります。しかしたとえ神であっても、この地上に人間として生きる時には、何もかも分かる全知全能の神、父なる神と異なるのは、当然のことでしょう。
 そして34節からは、この終末・再臨の出来事を、旅に出た主人の帰宅に例えます。34節。主イエスは、私達に仕事を割り当てて責任を持たせて昇天なさいました。終末・再臨を待ち続けることはとても大切なことですが、ただぼーっと待っていればよいのではありません。それぞれに果たすべき務め・責任があります。「待ちつつ、急ぎつつ」(バルトの尊敬するブルームハルトの言葉)です。その務めは人によって様々であって、自分の務めが何であるかは、祈りの内に尋ね求めで教えて頂くべきことです。これは大きな慰めであり、励ましです。誰一人として、不要な意味のない人などいないのですから。
 35・36節。「どうせまだ主人は帰って来ないさ」と眠り惚けている場合ではありません。いつ帰って来てもいいように(いつ終末・再臨が来てもいいように)私達は目を覚ましていることが、何よりもまず、求められています。しかも、37節。この時に主イエスの言葉を聞いていた四人だけではなくて、すべての人への言葉だと最後に主イエスは念を押します。さあ、目を覚ましていましょう。