これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2021年2月21日「祈りの家と」(マタイによる福音書21章12~17節)

 前回はエルサレム入城でした。入城して、主イエスはまず何をしたのでしょうか。12・13節です。いわゆる宮清めです。柔和な方である主イエスが、ほぼこの箇所でだけは、とても厳しく激しいのです。そこでこの箇所は、暴力的で過激なことをよしとなさる方々からは、「主イエスもまた時と場合によっては暴力を認めるのだ」という論拠として用いられてきました。しかし果たしてそうなのでしょうか。この箇所で確かに主イエスは、売り買いをしていた人々を追い出し、台や腰掛けを倒されます。しかし人間は誰一人傷つけていません。人が人を傷つけることは、父なる神の御心ではないからでしょう。どんなに正しい主張でも、方法を間違えれば悪になってしまいます。
 ここで主イエスが語っておられるのは、神の家であり主イエスの家である神殿は、祈りの家なのだ(イザヤ書56章7節)ということです。強盗の巣というのは、神殿での出来事もまた、経済活動としての側面をもっており、許認可など様々な仕方で、金儲けがあったのだということです。それに対して主イエスは、真っ向から異議を唱えます。そして大変興味深いのは、ここで主イエスがしておられることです。14節です。ダビデ以来、このような人々は神殿に入ることさえ認められていませんでした。しかし主イエスの宮清めのごたごたに乗じたのでしょうか、主イエスの傍にやってきて、そして主イエスは癒します。ここでも主イエスは、神殿の内と外、境内の内と外の境を破ります。
 それと正反対なのが、宗教的指導者たちです。15、16節前半です。彼らの関心は、自分たちの既得権であり権威です。もはやエルサレムに入城なさったので、メシアの秘密のモティーフは無用です。彼らに答えます。16節後半、17節です。これは、王をほめたたえる「ホサナ、讃美」です。わたしたちは、主イエスと神とをほめたたえるからこそ、この世界のあらゆる不正にも正しく拒否していきましょう。