これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2021年7月11日「十人の乙女」(マタイによる福音書25章1~13節)

 前回から、再臨・終末へ向けての三つの例えに入りました。前回はその一つ目で、忠実で賢い僕の話でした。悪い僕は、まだまだ主人は帰って来ないと思い込んで、悪事を行います。そして裁かれます。
 今日の例えでは、全く逆の事が起こっています。まず1節です。主イエスは、「天の国」の例えだと仰います。再臨・終末が来て、今はまだ不完全な形でしか到来していない神の国が完全に来ますから、こういう言い方になります。そして5人ずつ対照的な乙女たちがいます。2~4節です。普通に花婿が来れば、何の問題もありません。10人全員で花婿を迎えます。しかし花婿の到着が(事情は分かりませんが遅れます)。「再臨はまだまだ来ない」とタカをくくっていた悪い僕たちの時とは真逆に、なかなか来ません。この例えの方が主イエスの時代・そして初代教会の時代には、大切であったかもしれません。なぜなら、人々は、すぐにも再臨・終末が来ると期待していたからです。
 花婿が遅れて到着したとき、愚かな乙女たちばかりではなくて賢い乙女たちもみな居眠りしてしまっていました。ですから、「目を覚ましていなさい」(今日の聖書箇所では最後の13節)は、居眠りもしないで起きていなさいという意味ではありません。万一花婿が遅れた時に備えて、予備の油も用意しておくことです。
 では、予備の油とは何であり、これを備えておくとは何をすることでしょうか。古来様々なことが述べられてきました。なるほどという説もあれば、全く説得力のないものもあります。しかし確かなことは、終末・再臨がいつ来るか分からないのだから、備えておくことの大切さです。そしてそれは、私達人間の努力では恐らく不可能です。ただ、神の霊が私達に働いて、私達の内に生きてくださり、そのように導いてくださるから可能になるのではないでしょうか。聖霊の導きを求めて祈りましょう。