これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2019年9月15日「誓いを立てない」(マタイによる福音書5章33~37節)

今回も反対命題です。今日は四つ目です。前回同様、「一切誓いを立ててはならない」と、かなり厳しいことが言われます。最初に今までの命題との二つの違いをみましょう。一つ目は、反対命題のもとになる、「あなたがたも聞いている」ことの中身が旧約聖書に…

2019年9月8日「健やかに生きる」(マタイによる福音書5章27~32節)

前回は、最初の反対命題でした。今日は二つ目と三つです。前回同様、かなり厳しいことが言われます。一つ目の「姦淫」は、実際にしなくても、みだらな思いで見る者は犯したことになるといいます。27・28節。更につまずきをもたらす、目や手を捨てること…

2019年9月1日「腹を立てない生き方」(マタイによる福音書5章21~26節)

前回は、律法に対する主イエスの基本的な姿勢が述べられていました。今日から、反対命題になります。六つの反対命題が述べられた後、当時のユダヤで三つの徳とされた施し・祈り・断食についての教えです。今日は一つ目の反対命題をみます。最初に律法として…

2019年8月25日「完成するために」(マタイによる福音書5章17~20節)

前回、私たちが、何の功績もなくても、ただ主イエスの弟子であるというだけで、既に地の塩・世の光だという聖書箇所でした。今日から、律法に関する箇所に入ります。私たちはキリスト者になったからといって、ユダヤ教の律法を遵守したりはしません(一部の…

2019年8月11日「地の塩である」(マタイによる福音書5章13~16節)

p>今日の聖書箇所で、まず大切なことは、主イエスが「あなたがたは地の塩(世の光)である」と断言しておられることです。ここに理想や目標を見いだすのは間違っています。主イエスは、「地の塩(世の光)になりなさい」とは、仰いません。これはどういう意…

2019年8月4日「平和を実現する」(イザヤ書2章1~4節、マタイによる福音書5章9節)

今日は日本基督教団では平和聖日です。そして丁度山上の説教の最初、山上の祝福をみていますので、今日は9節の御言葉に集中しましょう。また、神の与えてくださる平和がどのようなものであるのか、イザヤ書からも聴きます。 この9節の祝福を聞いて、「ああ…

2019年7月28日「迫害の喜び」(マタイによる福音書5章1~12節)

前回大まかに「山上の祝福」の全体をみました。今日は最後の迫害の話に集中しましょう。10節。まず注目すべきは、3節との関連です。後半が同じです。それだから、3節と10節は同じ中身だという方もおられます。しかし、(確かに山上の祝福全体が同じ人…

2019年7月21日「主の幸いを生きる」(マタイによる5章1~12節①)

前回、最初の弟子たちが招かれました。そして後半は、9章の最後と共に、5~7章(主の教え)と8.9章(主の行い)とを囲んでいます。今回は、山上の説教の最初にあります山上の祝福を三回で読みます。1・2節。ラビが弟子たちに教える時のように主イエ…

2019年7月14日「最初の弟子たち」(マタイによる福音書4章18~25節)

前回は宣教開始でした。今日の箇所から具体的にその内容が記されていきます。今日の箇所は、前半と後半の二つに大きく分かれています。「最初の弟子たち」(今日の説教題)は、厳密にいうと、前半だけのことです。しかしこの前半と後半とが密接に結びついて…

2019年7月7日「宣教開始」(マタイによる福音書4章12~17節)

前回までの箇所で、主イエスの誕生と子ども時代、更に、ヨハネから洗礼を受けて悪魔の誘惑を受けました。それでいわば、準備は終わったのですが、直ちに宣教開始ではありません。12節。まず第一に、ヨハネの逮捕が宣教開始のきっかけになります。それは当…

2019年6月30日「荒れ野の誘惑」(マタイによる福音書4章1~11節)

1節。ここに荒れ野の誘惑の意味が示されます。聖霊に導かれて。悪魔から誘惑を受けるために。ヘブライ人への手紙4章15節。その誘惑は三つです。順にみていきましょう。2~4節。霊肉二元論に陥って、「肉的なものはどうでもよい、霊的ものが大切だ」と…

2019年6月23日「洗礼者ヨハネ」(マタイによる福音書3章1~12節)

洗礼者ヨハネ マタイ3章1~12節 190623 まず前半、1~6節。主イエスに洗礼を授けるヨハネがどのような人物で何をしたのかが紹介されます。ヨハネは、イザヤ書に預言されている通りに、主イエスの道を整える人物です。4節の記述は、特別に敬虔な様子を…

2019年6月23日「洗礼者ヨハネ」(マタイによる福音書3章1~12節)

洗礼者ヨハネ マタイ3章1~12節 190623 まず前半、1~6節。主イエスに洗礼を授けるヨハネがどのような人物で何をしたのかが紹介されます。ヨハネは、イザヤ書に預言されている通りに、主イエスの道を整える人物です。4節の記述は、特別に敬虔な様子を…

2019年6月9日「ナザレの人と」(マタイによる福音書2章19~23節)

前回ペンテコステのために講解説教の順番からいいますと少し先になります、主イエスの洗礼の箇所をみました。今日は、少しだけ遡って、元の流れに戻ります。ヘロデは(史実として認められるかどうかは微妙ですが)二歳以下の男の子を皆殺しにします。このヘ…

2019年6月9日「イエスの洗礼」(マタイによる福音書3章13~17節)

今日は、マタイによる福音書の講解説教、三回目です。前回申し上げました通り、今日はペンテコステ礼拝ですので、この箇所にしました。主イエスが洗礼者ヨハネから洗礼をお受けになられる。すると、神の霊、聖霊が降る。旧約聖書の時代から、神の霊、聖霊が…

2019年6月2日「エジプト避難」(マタイによる福音書2章13~18節)

今日は、マタイによる福音書の講解説教、二回目です。1章後半から2章前半はクリスマスの季節にとっておきます。また、来週が3章後半なのは、ペンテコステのためです。今日の箇所では、占星術の学者たちが帰った後の一つのエピソードが描かれています。ヘ…

2019年5月19日「系図の女たち」(マタイによる福音書1章1~17節)

今日からマタイによる福音書の講解説教です。最初に系図があって、「さあ新約聖書を読んでみよう」とはりきった未信者の方が、この最初の頁で挫折してしまうという話はよく聞きます。しかしかつては識字率が低く、書物も高価であったので、あまり問題にはな…

2019年5月12日「昇天」(マルコによる福音書16章19・20節)

今日でそれなりに長かったマルコによる福音書の講解説教も最終回です。来週からはマタイです。今日の箇所は、福音書に描かれてきたような出来事の後で、主イエスが昇天なさった記事と、弟子たちの世界宣教の記事です。19節。まず、「昇天」と「召天」の違…

2019年5月5日「かたくなな心と宣教命令」(マルコによる福音書16章14~18節)

8節までで本来のマルコ福音書は、終わっています。前回の箇所では二つの「信じなかった」がありました。復活の主に出会った人々の証言を信じない弟子たちの姿です。それだから14節。不信仰とかたくなな心をとがめられます。そしてマルコ福音書では、この…

2019年4月28日「信じなかった」(マルコによる福音書16章9~13節)

前回の箇所までで本来のマルコ福音書は、終わっています。しかし聖書が編まれた時点で既に、9節以下は付加されていました。他の三つの福音書では、復活の告知と顕現の両方がありますから、告知しかないマルコ福音書に付加するのは、顕現です。しかも勝手に…

2019年4月21日「復活の恐れ」(マルコによる福音書16章1~8節)

前回の箇所で十字架上の死、そして埋葬がありました。今日の箇所はマルコ福音書の(本来の)最後の箇所です。しかしその終わり方はあまりにも唐突です。8節。主の復活の顕現もありません。ギリシャ語では、「ガル」で終わっているのも不自然です。だからか…

2019年4月14日「死と墓と」(マルコによる福音書15章33~47節)

主イエスは前回の箇所で十字架につけられました。午前九時のことです。マルコによる福音書では、特に、主イエスに対する人々のののしりが印象的に描かれています。そして、今日の箇所では、昼の十二時です。33節。神の子が十字架につけられたことを悲しむ…

2019年4月7日「ユダヤ人の王」(マルコによる福音書15章21~32節)

主イエスは前回の最後の箇所(20節)で、十字架につけられるために外へ引き出されました。そして今日の箇所でまず出てくるのは、シモンです。21節。「田舎」は今度の翻訳では、「畑」になりました。シモンは何か目的をもってここに居合わせたのではあり…

2019年3月31日「十字架につけろ」(マルコによる福音書15章6~20節)

主イエスは前回、総督ピラトに引き渡されました。尋問を受けても、2節の言葉以外何も語らないので、ピラトは不思議に思います。今日の箇所は恩赦の話です。6節。ピラトはかなり横暴な総督で、赴任の時から問題を起します。しかしこの恩赦というのは、民衆…

2019年3月24日「黙っているとき」(マルコによる福音書15章1~5節)

前回はぺトロの否認の記事で、ぺトロは主イエスが仰る通りに三回も知らないと言い、最後には泣き崩れたのでした。その前は(同じ時になされた)主イエスに対するでたらめな裁判でした。どちらも恐らくは夜中のことですから、夜が明けます。1節。当時、ユダ…

2019年3月17日「自信が砕かれるとき」(マルコによる福音書14章66~72節)

前回の聖書箇所最初のほう、54節にもぺトロは登場します。ですから前回の裁判の記事と、今日のペトロの記事とは、同じ時に近い場所で起こった二つの出来事です。ルカによる福音書では、このときに主イエスがペトロの方を振り向いたという(22章61節)…

2019年3月10日「でたらめな裁判」(マルコによる福音書14章53~65節)

先週フィリピの信徒への手紙を終わりました。今日からマルコに戻ります。昨年の6月、主イエスの逮捕で中断していました。逮捕は大きな区切りではありますが、まだ福音書は終わっていません。むしろこれから、大切な受難物語です。今回、受難節(レント)に…

2019年3月3日「キリストの恵みが」(フィリピの信徒への手紙4章21~23節)

昨年の 7月 1日から読み始めましたフィリピの信徒への手紙も、34回、今日で終わります。今回は結びの言葉だけです。前回、神がフィリピの教会の人々に必要なものをすべて満たして下さることを確言したパウロは、最後に頌栄、神への栄光を求める祈りの言葉…

2019年2月24日「満たして下さる神」(フィリピの信徒への手紙4章19・20節)

次回は結びの言葉ですから、今日の箇所でこの手紙はほぼ終わりです。しかも後半は神への讃歌・賛美ですから、19節がほぼ本文の最後の言葉です。前回は私たちの捧げ物(金銭や財産ばかりではなくて、奉仕や祈りも)がどんなに小さく拙いものであっても、神…

2019年2月17日「香ばしい香り」(フィリピの信徒への手紙4章15~18節)

今日は特に、18 節を中心にみていきます。何回か申し上げてきましたように、10~20節は、「感謝なき感謝」で、直接的な感謝の言葉はありません。しかしパウロは、単純に感謝を述べるよりも、更に深いことを語っています。その一つ、前回は「共に苦しむ…