これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2019年2月10日「苦しみを共に」(フィリピの信徒への手紙4章12~17節)

今日は特に、14節を中心にみていきましょう。前回申し上げましたように、10~20節は、「感謝なき感謝」と言われますように、直接的な感謝の言葉はありません。しかしパウロは、単純に感謝を述べるよりも、更に深いことを語っています。その一つが14…

2019年2月3日「いついかなる場合にも」(フィリピの信徒への手紙4章10~13節)

20節までに、(新共同訳聖書では)「贈り物への感謝」という表題を付けています。今回はこの箇所を4回にわたって、少しずつ聖書箇所をずらしながら、みていきます。この箇所全体の特徴として、多くの方々が指摘するのは、感謝なき感謝ということです。行…

2019年1月27日「平和の神は」(フィリピの信徒への手紙4章8・9節)

前回は、思い煩わないで、神に全てを打ち明けることで、神の平和に守られた生き方をすることが勧められていました。今日は手紙の最後の部分になります。一つの見方は、この手紙が幾つかの手紙を組み合わせたものであり、今日の箇所は4章1節の続きだと読み…

2019年1月20日「神に打ち明ける」(フィリピの信徒への手紙4章6~7節)

2019年1月13日「広い心を」(フィリピの信徒への手紙4章4・5節)

今日からまた、フィリピの信徒への手紙の講解説教に戻ります。前回の箇所では、二人の女性指導者の間の争い・不一致・不和の問題でした。今日の箇所では、もっと一般的な勧めです。4節。この「喜ぶこと」については、既に何回もこの手紙では扱われてきた勧…

2019年1月6日「平和を追い求めよ」(詩編34編)

今日は、ローズンゲン(日々の聖句)の年の聖句です。15節の後半、「平和を尋ね求め、追い求めよ」。最初に、「289版の序」を紹介いたします。ここにヘルンフート兄弟団の思いを聞くことができます。……。 今日の聖書箇所、詩編34編は、感謝の賛美の歌…

2018年12月30日「共に戦う」(フィリピの信徒への手紙4章2~3節)

今日の聖書箇所は、前回(4章1節、先々週)からは少し唐突な感じがします。そこで、3章1節前半から今日の箇所へ繋げて読んで、前回までの箇所は別の手紙だという読み方もあります。パウロは手紙も終盤に近づく中で、フィリピの教会で実際にあった問題に…

2018年12月23日「神の恵みが現れた理由」(テトスへの手紙2章11~15節)

クリスマスおめでとうございます。 今日はフィリピの講解説教をお休みして、聖書日課のクリスマスの聖書箇所(クリスマスによく読まれる聖書箇所)です。11節。この恵みとは、神の子イエス・キリストを与えられたことにほかなりません。「すべての人々」が…

2018年12月16日「しっかりと立て」(フィリピの信徒への手紙4章1節)

<p">https://www.dropbox.com/s/?dl=0> 今日から4章(最後の章)に入りますが、多くの方がそう捉えるように、今日の1節までで、3章からはじまった勧告が終わります(新共同訳聖書もそうです)。パウロは、十字架に敵対して歩んでいる人々の最後が滅びであって</p">…

2018年12月9日「本国は天にあり」(フィリピの信徒への手紙3章18~21節)

前回はパウロが「わたしに倣う者となりなさい」と勧める箇所でした。パウロは今獄中にいます。フィリピの教会の人々の所へ行って励ましたいのだけれども、それは、できません。だから、エパフロディトやテモテを送ります。丁寧に手紙を認めます。パウロが敵…

2018年12月2日「私に倣いなさい」(フィリピの信徒への手紙3章17節)

今日の聖書箇所は、17節の一節だけです。この言葉はきちんと説明をしなければ、分かりにくい言葉であろうと思うからです。謙遜が美徳とされるこの日本社会で、随分と傲慢なことをパウロは言っていると、誤解されかねません。パウロは自信に溢れているのだ…

2018年11月25日「目標を目指して」(フィリピの信徒への手紙3章12~16節)

前回は同じ聖書箇所で、12節の最後、「キリスト・イエスに捕らえられて」に集中しました。私達が、「既に」と「未だ」の間にあって生きることができるのは、「キリストに捕らえられ」たという「既に」があるからです。だから13・14節。「未だ」の目標…

2018年11月18日「キリストに捕らえられて」(フィリピの信徒への手紙3章12~16節)

前回申し上げましたように、パウロが戦う相手は、ユダヤ人キリスト者です。彼らは、律法遵守や割礼を大切なこととして教えておりました。更に、自分たちは既に完成しているという主張が、彼らの特徴です。それに対して、パウロや私達は、「既に」と「未だ」…

2018年11月11日「復活の力を知って」(フィリピの信徒への手紙3章8~11節)

今日は召天者記念礼拝です。私達は現在フィリピの信徒への手紙を講解で読んでいます。丁度今日の聖書箇所は復活が出てきますので、特別な聖書箇所を選ぶのではなくて、講解説教を続けます。ただ、前回は9節まででしたが、最後の二節だけでは分かりにくいの…

2018年11月4日「あまりのすばらしさに」(フィリピの信徒への手紙3章4~9節)

前回から新しい単元に入りました。「犬ども」に警戒すべきことが述べられていました。彼らユダヤ人キリスト者(の中でも偏狭な人々)は、割礼や律法を大事にして、「キリストのみ」でなくなっています。キリスト以外に救いに何か必要だというのは、肉に頼る…

2018年10月28日「肉に頼らない生き方」(フィリピの信徒への手紙3章1~3節)

前回までに、テモテとエパフロディトを送る計画が述べられていました。今日から、「犬ども」に気をつける、警戒すべきことが述べられます。その最初にパウロが述べるのは、やはり喜びの勧めです。1節前半。この箇所は、前回の締めくくりの言葉であって、前…

2018年10月21日「キリストの業に命をかけて」(フィリピの信徒への手紙2章25~30節)

前回はテモテを送る計画でした。しかしすぐにテモテを送るわけにはいきません。まずエパフロデトを送ります。そのことについて今日の箇所には書かれており、恐らくエパフロデトがこの手紙をフィリピの教会に届けたのでしょう。25・26節。「帰す」は、「…

2018年10月14日「テモテを送る計画」(フィリピの信徒への手紙2章19~24節)

今日の聖書箇所は、「事務連絡」という表題を付ける方もおられる位、単にテモテを送る計画が書かれているだけです。しかしそれでもなお、この計画自体が、パウロの差し迫った状況を思うと、彼の希望やフィリピの教会の人々への愛が溢れるものとなっています…

2018年10月7日「わたしの血が注がれるとしても」(フィリピの信徒への手紙2章16前半~18節)

この手紙は、今まで繰り返し述べてまいりましたように、獄中書簡であり、また喜びの手紙です。そのことが今日の箇所では如実に表れています。17・18節です。でもその前に、16節後半をみてみましょう。フィリピの教会の人々が、命の言葉をしっかりと保…

2018年9月30日「不平や理屈を言わずに」(フィリピの信徒への手紙2章14~16節前半)

今日の聖書箇所は、以前の口語訳聖書ではこうなっていました…。大きな違いは二つあります。一つは、「命の言葉をしっかり保つでしょう」が、「いのちの言葉を堅く持って」であり、15節に組み込まれていることです。翻訳としては、(章・節の区切りから言え…

2018年9月23日「救いの達成に努めよ」(フィリピの信徒への手紙2章12.13節)

今日の聖書箇所は、「だから」ではじまっています。唐突に違う話になったのではなく、主イエスのへりくだりと高挙とを述べて、それを受けて、今日の勧めです。しかしまた、「わたしの愛する人たち」と呼びかけていますので、新しい勧めでもあります。12節…

2018年9月16日「キリストの名」(フィリピの信徒への手紙2章6~11節②)

前回と同じ聖書箇所です。前回は主に8節まで、主イエスご自身のへりくだりをみました。この主のへりくだりこそ、私達の大切な模範です。勿論、前回申し上げましたように、私達が主イエスと全く同じことをすることなど、不可能です。ただ、私達は主イエスの…

2018年9月9日「十字架の死に至るまで」(フィリピの信徒への手紙2章6~11節)

前回、パウロは、見せ掛けではない真実のへりくだりを勧めました。そしてその根拠がキリストにもこのへりくだりがあるのだということです。5節。今日の箇所でパウロは、そのことを更に丁寧に述べます。今日の箇所でパウロが語ろうとしていることは、主に二…

2018年9月2日「真実のへりくだり」(フィリピの信徒への手紙2章3~5節)

前回の中心は、思いを一つにすることでした。一つの目当てに集中することで、それぞれが異なるとしても一致できます。そしてそのために必要なことは、「へりくだり」です。へりくだりには、見せ掛けのへりくだりと真実のへりくだりがあります。見せ掛けのへ…

2018年8月26日「思いを一つにして」(フィリピの信徒への手紙2章1・2節)

今日から2章に入りますが、1章27節から新しい単元に入りましたから、前回と今日の箇所とは密接に結びついています。前回、「一つの霊によってよってしっかり立ち、心を合わせて福音の信仰のために共に戦」(27節)うことが勧められていました。前者(…

2018年8月19日「その壁を超えて――境界線のない教会」 (ローマの信徒への手紙16章1~16節)

ローマの信徒への手紙は何か難しいイメージがあります。しかし、多くの人が思っているような教義的な部分だけではなく、パウロの思いが熱く記されることもあります。 今日の個所にはたくさんの人の名前が登場します。パウロもまた普段からこの一人一人の名を…

2018年8月12日「同じ戦いを」(フィリピ1章27~30節②)

今日は前回と同じ聖書箇所です。前回は「恵みとしての苦しみ」という視点でみてみました。今日は「同じ戦いを」です。今日の箇所から2章18(16)節までが一固まりですが、その核心にあるのが、「キリストの福音にふさわしい生活を送りなさい」という勧…

2018年8月5日「恵みとしての苦しみ」(フィリピの信徒への手紙1章27~30節)

前回で本文の最初の一固まりが終わりました。今日から2章18節までが、次の一固まりです。そして今日の箇所の最初の言葉は、この箇所全体を指しています。27節前半。いったいどういう意味でしょう。前回までは、ひたすら福音の前進という視点からパウロ…

2018年7月29日「板挟み」(フィリピ1章20~26節)

12節から手紙の本文に入りました。パウロが獄中でどうであるか、今後の見通しがどうであるのか、フィリピの教会の人々は知りたがっていたのではないかと思われます。しかしパウロは、ひたすら福音の前進のことを語ります。なぜならパウロにとって大切なこ…

2018年7月22日「口実であれ、真実であれ」(フィリピの信徒への手紙1章15~19節)

前回から手紙の本文に入りました。パウロは自分の状況(獄中でどうであるか)よりも、ひたすら福音の前進に集中しています。ますます勇敢に御言葉が語られるようになったことをフィリピの教会の人々に伝えます。それは必ずしも、良い動機によるものばかりで…