これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2018年10月14日「テモテを送る計画」(フィリピの信徒への手紙2章19~24節)

今日の聖書箇所は、「事務連絡」という表題を付ける方もおられる位、単にテモテを送る計画が書かれているだけです。しかしそれでもなお、この計画自体が、パウロの差し迫った状況を思うと、彼の希望やフィリピの教会の人々への愛が溢れるものとなっています…

2018年10月7日「わたしの血が注がれるとしても」(フィリピの信徒への手紙2章16前半~18節)

この手紙は、今まで繰り返し述べてまいりましたように、獄中書簡であり、また喜びの手紙です。そのことが今日の箇所では如実に表れています。17・18節です。でもその前に、16節後半をみてみましょう。フィリピの教会の人々が、命の言葉をしっかりと保…

2018年9月30日「不平や理屈を言わずに」(フィリピの信徒への手紙2章14~16節前半)

今日の聖書箇所は、以前の口語訳聖書ではこうなっていました…。大きな違いは二つあります。一つは、「命の言葉をしっかり保つでしょう」が、「いのちの言葉を堅く持って」であり、15節に組み込まれていることです。翻訳としては、(章・節の区切りから言え…

2018年9月23日「救いの達成に努めよ」(フィリピの信徒への手紙2章12.13節)

今日の聖書箇所は、「だから」ではじまっています。唐突に違う話になったのではなく、主イエスのへりくだりと高挙とを述べて、それを受けて、今日の勧めです。しかしまた、「わたしの愛する人たち」と呼びかけていますので、新しい勧めでもあります。12節…

2018年9月16日「キリストの名」(フィリピの信徒への手紙2章6~11節②)

前回と同じ聖書箇所です。前回は主に8節まで、主イエスご自身のへりくだりをみました。この主のへりくだりこそ、私達の大切な模範です。勿論、前回申し上げましたように、私達が主イエスと全く同じことをすることなど、不可能です。ただ、私達は主イエスの…

2018年9月9日「十字架の死に至るまで」(フィリピの信徒への手紙2章6~11節)

前回、パウロは、見せ掛けではない真実のへりくだりを勧めました。そしてその根拠がキリストにもこのへりくだりがあるのだということです。5節。今日の箇所でパウロは、そのことを更に丁寧に述べます。今日の箇所でパウロが語ろうとしていることは、主に二…

2018年9月2日「真実のへりくだり」(フィリピの信徒への手紙2章3~5節)

前回の中心は、思いを一つにすることでした。一つの目当てに集中することで、それぞれが異なるとしても一致できます。そしてそのために必要なことは、「へりくだり」です。へりくだりには、見せ掛けのへりくだりと真実のへりくだりがあります。見せ掛けのへ…

2018年8月26日「思いを一つにして」(フィリピの信徒への手紙2章1・2節)

今日から2章に入りますが、1章27節から新しい単元に入りましたから、前回と今日の箇所とは密接に結びついています。前回、「一つの霊によってよってしっかり立ち、心を合わせて福音の信仰のために共に戦」(27節)うことが勧められていました。前者(…

2018年8月19日「その壁を超えて――境界線のない教会」 (ローマの信徒への手紙16章1~16節)

ローマの信徒への手紙は何か難しいイメージがあります。しかし、多くの人が思っているような教義的な部分だけではなく、パウロの思いが熱く記されることもあります。 今日の個所にはたくさんの人の名前が登場します。パウロもまた普段からこの一人一人の名を…

2018年8月12日「同じ戦いを」(フィリピ1章27~30節②)

今日は前回と同じ聖書箇所です。前回は「恵みとしての苦しみ」という視点でみてみました。今日は「同じ戦いを」です。今日の箇所から2章18(16)節までが一固まりですが、その核心にあるのが、「キリストの福音にふさわしい生活を送りなさい」という勧…

2018年8月5日「恵みとしての苦しみ」(フィリピの信徒への手紙1章27~30節)

前回で本文の最初の一固まりが終わりました。今日から2章18節までが、次の一固まりです。そして今日の箇所の最初の言葉は、この箇所全体を指しています。27節前半。いったいどういう意味でしょう。前回までは、ひたすら福音の前進という視点からパウロ…

2018年7月29日「板挟み」(フィリピ1章20~26節)

12節から手紙の本文に入りました。パウロが獄中でどうであるか、今後の見通しがどうであるのか、フィリピの教会の人々は知りたがっていたのではないかと思われます。しかしパウロは、ひたすら福音の前進のことを語ります。なぜならパウロにとって大切なこ…

2018年7月22日「口実であれ、真実であれ」(フィリピの信徒への手紙1章15~19節)

前回から手紙の本文に入りました。パウロは自分の状況(獄中でどうであるか)よりも、ひたすら福音の前進に集中しています。ますます勇敢に御言葉が語られるようになったことをフィリピの教会の人々に伝えます。それは必ずしも、良い動機によるものばかりで…

2018年7月15日「ますます勇敢に」(フィリピ1章12~14節)

前回までの二回が最初の挨拶で、今日の箇所から本文に入ります。26節までが一纏まりなのですが、これを三回に分けて、7月中見ていく予定です。まず12節で、パウロはフィリピの教会の人々に訴えます。知ってほしい。恐らく手紙やエパフロデトの派遣によ…

2018年7月8日「義の実を受けて」(フィリピ1章1~11節②)

前回は、フィリピの信徒への手紙を読む上で知っておきたい三つのことを確認し、また8節までをみました。今日は残りの三つの節、パウロの祈りをみましょう。「そして」よりも前の部分が、現在の祈り、「そして」よりも後が、キリストの日(再臨・終末)へ向…

2018年7月1日「キリストの愛の心で」(フィリピ1章1~11節①)

今日からフィリピの信徒への手紙の講解説教です。最初に確認しておきたい三つのことを申します。まず第一に、この手紙は獄中書簡です。第二に(それにも係わらず)喜びの書簡でもあります(今日の箇所でも4節のように語ります)。なぜパウロは獄中にありな…

2018年6月24日「裏切りと逮捕」(マルコによる福音書14章43~52節)

前回は、とても有名なゲツセマネの祈りであり、その意味を探りました。その祈りの後、主イエスがまだ話しておられると、ユダがやってきます。43・44節。ここでまず三つのことに注目しましょう。マルコ福音書記者は、くどい位「十二人の一人」を繰り返し…

2018年6月17日「ゲツセマネの祈り」(マルコによる福音書14章32~42節)

前回は、オリーブ山へ向かう途中のできごとでした。今日はゲツセマネに着いて、とても有名なゲツセマネの祈りです。この祈りは、私たちの祈りの模範と言われますが、時々みかけるのは、「諦めの祈り」として捉えてしまう過ちです。そうではなくて、主イエス…

2018年6月10日「つまずきと死を越えて」(マルコによる福音書14章27~31節)

前回、主イエスと十二人の弟子たちは、最後の晩餐の後、賛美の歌を歌ってから、オリーブ山に向かいました。次回はゲツセマネに着きますから、今日の聖書箇所は、その道の途中です。主イエスは(旧約)聖書に基づいて(ゼカリヤ13章7節)、弟子たちが皆つ…

2018年6月3日「契約の血」(マルコによる福音書14章22節~26節)

前回の聖書箇所では、最後の晩餐(それはまた最初の晩餐です)の席に、十三人の人々がいました。主イエスと十二人の弟子たちです。そこに裏切ったユダもいたことに私達は注目しました。主イエスの十字架は、蜘蛛の子を散らすように逃げた弟子たちばかりでは…

2015年5月27日「裏切る者も共に」(マルコによる福音書14章10~21節)

前回(先々週)の聖書箇所は、1・2節に殺害の計画があり、3節からナルドの香油でした。今日の箇所最初の10・11節は1・2節と共にその間の記事を挟み込むサンドイッチ構造です。主イエスを殺そうとする人間の企みに挟まれて、ナルドの香油の出来事・…

2018年5月20日「イエスは主」(コリントの信徒への手紙一12章1~11節)

今日は講解説教をお休みして、聖霊に関する聖書箇所です。実はこのコリントの信徒への手紙の箇所は、14章まで続きます。しかしその文章の流れ・文脈を丁寧に扱うのは、いつかこのコリントの信徒への手紙を講解説教する時に致しまして、今日は聖霊というこ…

2018年5月13日「良いことをしてくれた」(マルコによる福音書14章1~9節)

今日の箇所から、受難物語です。まずマルコ福音書記者は、主イエス殺害の計略から描きます。そして次回(再来週)の最初の箇所で、ユダの裏切りの企てがあります。マルコがよく用いるサンドイッチ構造です。ユダヤの宗教権力者たちと主イエスの弟子の一人が…

2018年5月6日「目を覚ましていなさい」(マルコによる福音書13章32~37節)

13章全体で一塊(小黙示録と呼ばれる)で、幾つかに分けて読んできましたが、それも今日で終わりです。主イエスは最後に何を仰るのでしょうか。33、35、37節で、主イエスは、「目を覚ましていなさい」と仰います。この短い中で、三回も繰り返します…

2018年4月29日「滅びない言葉と共に生きる」(マルコによる福音書13章28~31節)

13章全体で一塊ですが、幾つかに分けて読んでいます。今日の箇所は、最後から二つ目です。まず、いちじくの木から教えを学びなさい。28節。イスラエルは気候として春がとても短い。だから冬の終わりには、既に夏の兆しがあります。枝が柔らかくなり葉が…

2018年4月22日「気をつけていなさい」(マルコによる福音書13章14~27節)

前回から講解説教に戻りまして、主イエスと弟子たちとは神殿の境内から出て行かれます。そのとき、神殿に対する弟子の一人の驚嘆の言葉に応えて、主イエスは神殿の崩壊を予告しました。その主イエスの言葉をきっかけにして、このマルコ福音書で最も長い主イ…

2018年4月15日「耐え忍ぶ」(マルコによる福音書13章1~13節)

今日から講解説教に戻ります。この13章は、ヨハネの黙示録に対して、小黙示録と呼ばれています。全体で一纏まりなのですが、今日はその最初の所です。まず主イエスは、今まで論争し教えてきた神殿の境内を出て行かれます。そのとき、弟子の一人が言います…

2018年4月8日「信じなかった」(マルコによる福音書16章9~13節)

今日は、前回の続きの箇所です。次回から講解説教に戻ります。前回丁寧にお話ししましたように、本来のマルコ福音書は8節までで終わっています。しかし結びがないということで、9節以下が書き足されました。ただし、好き勝手に誰かが書いてみたのではあり…

2018年4月1日「恐ろしかった」(マルコによる福音書16章1~8節)

イースター、おめでとうございます。 今日は、何章か飛ばしまして、このマルコによる福音書の復活の記事です。今日は特に三つのことに注目しましょう。 まず第一に終り方です。9節から後に鍵各個がついていることから分かりますように、この箇所で本来のマ…

2018年3月25日「貧しいやもめ」(マルコによる福音書12章35~44節)

前回、幾つかの論争の出来事が終わりました。最後は、「もはや、あえて質問する者はなかった」。今日は、主イエスの方から語りだします。三つの部分からなります。三週かけて語ることもできますが、今日で受難節の礼拝も最後です。まとめて取り上げてみます…