これまでの説教

日本基督教団幕張教会 早乙女哲自牧師

2018年3月4日「神のものは神に」(マルコによる福音書12章13~17節)

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 今日の聖書箇所では、主イエスを陥れようとする人々がやってきます。13節。人々とは、前回、前々回に出てきた祭司長、律法学者、長老たちです。彼らが派遣した二つの党派の人々は、普段は全く相容れない人々でした。なぜならファリサイ派の人々は厳格に神の掟、律法を守ろうとする人々であり、ヘロデ派の人々はローマ帝国、またヘロデと結びついて、現世の利得を大切にする人々です。彼らは主イエスにまずおべっかを言います。ただし単なるおべっかではなくて、主イエスが答えざるを得ないように追い込むのが目的でしょう。14節前半。下手な言い逃れができないように先に手を打ちました。そして、14節後半。これが罠であることは明白です。どちらに答えても窮地に立ちます。主イエスは答えます、15節。デナリオン銀貨は当時、イスラエルも含めてローマ世界で広く使われていました。ですからすぐに持って来ることができます。16節。最後の主イエスの答えと彼らの反応は、17節。実に見事な答えです。もしも皇帝の肖像と銘のゆえに皇帝のものだと思うならば、皇帝へ返す(税金を納める)べきだし、それでもなお皇帝のものではないと考えるならば納める必要はありません。
 ここで主イエスは何を教えておられるのでしょうか。長くこの主イエスの言葉は、二王国説的な誤解をされてきました。しかし最近の学者でそのように誤解して解説する方は少ないようです。もしもデナリオン銀貨に皇帝の肖像と銘が彫られているとしたら、そしてそれゆえ「皇帝のもの」なのだとしたら、「神のもの」であるのは何であり、どこに神の肖像と銘が彫られているのでしょう。私達人間は、神の像に形作られました(家庭集会)。すなわち私達自身こそが、「神のもの」です。実は、(前回のぶどう園の例えでもみましたように)全ては神のもの、ことに私達神から世界を統治すべく委ねられている私達は、神のものです。神のものは神に返しましょう。